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始まりは小さな離島から。島根らしい高校づくりを目指す「高校魅力化プロジェクト」

  • 取材・文:笹原風花
  • 編集:服部桃子(CINRA)
  • 写真提供:島根県教育委員会

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「県立高校魅力化ビジョン」を掲げ、学校や地域と協働して県立高校の魅力化に取り組んできた島根県教育委員会。2008年に離島の小規模校から始まった取組は県全体に広がり、いまでは全国的に見られる「高校魅力化」の最先端地域となっています。取組の具体的な内容と広がっていった経緯について、お話をうかがいました。

お話を聞くご担当者

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岩田裕治(いわた・ゆうじ)

1995年4月に島根県職員に採用。2017年度に教育委員会総務課への異動となり、教育委員会の予算調整や教育振興基本計画の策定に携わる。2023年度からは教育委員会教育指導課地域教育推進室長に着任し、地域との協働による高校の魅力化づくりに取り組んでいる。

高校と地域の連携が「島根らしさ」をつくる

──まずは、「県立高校魅力化ビジョン」の概要をお聞かせください。

岩田裕治さん(以下、岩田):「県立高校魅力化ビジョン」は、高校と地域が連携・協働しながら島根らしい魅力ある高校づくりを進めていくための指針です。2019年2月に策定して以来、島根県の高校教育の旗印となっています。

「高校魅力化」とは、生徒一人ひとりの、自らの人生と地域や社会の未来を切り拓くために必要な「生きる力」を育むことを目指し、地域社会との協働による魅力ある高校づくりを意味します。同時に、魅力ある地域づくりも推進し、生徒、保護者、教職員、地域の人々にとって魅力ある高校・地域づくりを目指しています。

──「島根らしい魅力」とは、具体的にどのようなことでしょうか?

岩田:豊かな自然や、少人数での学び、地域の方とのつながりという部分が「島根らしさ」だと考えています。それらを踏まえてわたしたちは、主に三つの方向性で魅力的な高校づくりを目指しています。

一つ目は、豊かな自然や歴史・伝統、文化といった各地域の魅力や教育資源(ひと・もの・こと)を生かす地域社会に開かれた高校。2021年度には、すべての高校において、地域との協働体制(「高校魅力化コンソーシアム」)が構築され、地域と協働しながら「育てたい生徒像」「特色ある教育課程」「求める生徒像」からなるグランドデザインを策定しています。

二つ目は、少人数ならではのメリットを生かし、生徒一人ひとりの能力や個性を伸ばし、自己実現を支援する、主体性と多様性を尊重する高校。これは、制度的に実施したというよりも、小規模高校という環境を教育の方向性として見据えた取組です。

三つ目は、温かな人のつながりや勤勉で粘り強い県民性を生かし、生徒も大人も共に学び続ける対話的・探究的な学びが展開される高校です。コンソーシアムの取組を通じて、地域の方々も教育活動をよりよくしようと活動してくれており、探究学習においても、地域の方々が直接生徒に体験や対話をしてくれるのは、まさに県民性の賜物といえるでしょう。

──それらを叶えるために何が重要だと考えますか?

岩田:「関わる人たちの主体性」です。生徒、保護者、教職員、地域の人々や行政機関、みんなが主体的に地域の課題を見つけ、解決に向けて協働し、粘り強く取り組む姿勢は魅力化を叶えるために不可欠。それらが実現できるよう意識してこれを進めています。

高校生たちが、地域の伴走者とともに課題に向き合う様子(写真提供:島根県教育委員会)

高校生たちが、地域の伴走者とともに課題に向き合う様子(写真提供:島根県教育委員会)

地域の存続のために。島全体を学びのフィールドにする

──「県立高校魅力化ビジョン」のなりたちについてお聞かせください。

岩田:まず島根県教育委員会では、県における高校生の生徒数が減少するなか、2009年2月に望ましい教育のあり方や統廃合基準等を盛り込んだ「県立高等学校再編成基本計画」を策定しました。それに基づき、学科改編や学級数の見直しなどを行なってきたという前提があります。

一方、隠岐諸島に島根県立隠岐島前(どうぜん)高校という3町村からなる島前地域唯一の高校があるのですが、そこは人口減・少子化により年々生徒数が減り、2008年度には1学年1学級になってしまい、存続の危機に直面していたのです。

生徒数が少ないということは、つまり幼少期からほぼ変わらないメンバーで構成される狭い人間関係のなかで育つわけで、生徒たちの関係性は固定化・序列化されやすく個性も発揮しにくい状況が生まれます。特に、多感で価値観を拡げる高校時代にクラス替えもないような環境では、新たな価値観が生まれず新たな人間関係も構築できません。

また、島に高校がなくなると、子どもたちは高校進学時に本土へ出なければなりません。さらには家族ごと島を離れるケースも懸念されます。そのため、地域の存続のためにも隠岐島前高校をなんとかして存続させようという気運が島全体で高まりました。

そして、3町村の首長や、学校長等を委員とした「隠岐島前高等学校の魅力化と永遠の発展の会」が発足。島内の中高生の保護者の方々にヒアリングを行ない、「高校の存続」ではなく「高校の魅力化」にこそ取り組むべきだという方向性が定まり、「隠岐島前教育魅力化プロジェクト」がスタートしました。

島根県立隠岐島前高校は日本海に浮かぶ隠岐諸島のひとつ、中ノ島の海士町にある(写真提供:島根県教育委員会)

島根県立隠岐島前高校は日本海に浮かぶ隠岐諸島のひとつ、中ノ島の海士町にある(写真提供:島根県教育委員会)

──「隠岐島前教育魅力化プロジェクト」とは具体的にどのようなものですか。

岩田:軸となるのが、地域に根ざしたプロジェクト型のキャリア教育・探究学習(=地域課題解決型学習)です。島全体が学びのフィールドであるというコンセプトのもと、「地域学」「地域地球学」といった学校設定科目(当時)を開講し、地域住民の協力を得ながら地域の課題を探究し、その解決策を探る……という取組でした。

全国的に見ると、新しい学習指導要領のもと2022年度から「総合的な探究の時間」が高校で始まりましたが、隠岐島前高校は、それに先駆けて探究的な学びを取り入れています。これは、特筆すべき点と言えるでしょう。

また、生徒一人ひとりの進路実現をサポートするために、公立塾・隠岐國学習センターを開設し、生徒に放課後の学びの場を提供しました。さらに、全国から「何事にもチャレンジしたい」という意欲的な生徒を受け入れる「島留学」をスタート。彼らは「いまの環境を変えたい」「豊かな島の自然の中で生活したい」「全国から生徒が集まっており、いろんな人と出会えるのではないか」といった思いから、島留学に参加しています。

地元の子どもたちにとっては多様な価値観や文化に触れたり、地域の魅力を再発見したりできる。島留学生にとっては都会では経験できないことや人との交流を体験できるという、双方にとってメリットがある豊かな環境を生み出しました。

島留学は生徒数を増やすための施策と見られがちですが、それは本来の目的ではありません。あくまでも、「地域の子どもたちの教育環境をいかに良くするか」を最重要事項としているのがポイントです。結果として卒業後も、海士町をはじめとする島前に関わろうとする意識をもち、大学進学後は島前で就業したり、里帰りとして島を訪れたりする生徒が増えました。

──「隠岐島前教育魅力化プロジェクト」はどのような成果がありましたか?

岩田:そもそも生徒数の少ない高校は教員数も少なく、一人の教員に多くの業務がのしかかります。このような状況下では、新たに魅力化に取り組む精神的な余裕も生まれません。

逆に言えば、規模が小さいということは、生徒一人ひとりを大事にする少人数指導ができることが強みでもあります。教員数が少ないため科目数は制限されますが、一方で個別指導を手厚くするよう促すことで、生徒の国公立大学や難関大学と呼ばれる大学への進学希望を支援することができました。

できないことや課題は多くありますが、「ないもの」が多い離島だからこそ人と人とが助け合わないとやっていけません。島前地域全体を教材にしたキャリア教育では、地域における課題を地域の人々の協力を得ながら探究し、解決策を立案・実践してきました。このようなキャリア教育のあり方を導入できたのは、人のつながりの大切さや協働する力、感謝の気持ちが芽生えやすい離島ならではの環境も大きな要因だったといえます。

結果的に生徒数がV字回復し、それにより地域が活性化。廃校の危機を免れただけでなく、隠岐島前高校や島前地域は全国的に注目される学校・地域になりました。

また、離島振興法の一部改正(2012年)において、隠岐島前高校を例に島根県が要望を出していた離島の学校への教員の加配が認められたことも、大きな意味があると考えています。

──生徒の変化という面ではいかがでしょう?

岩田:さまざまな教育効果がありました。生徒が地域に出てさまざまな大人とふれあいながら学ぶことで、地域の魅力を再発見したり、地域の課題に主体的に取り組んだりするようになりました。

隠岐島前高校の生徒数のグラフ。平成28年(2016年)には生徒数が180人にまで回復している(画像提供:島根県教育委員会)

隠岐島前高校の生徒数のグラフ。平成28年(2016年)には生徒数が180人にまで回復している(画像提供:島根県教育委員会)

離島から始まった取組が、全県へと拡がっていった

──その後、どのように拡がっていったのでしょうか?

岩田:県教育委員会のほうで「隠岐島前教育魅力化プロジェクト」の効果を踏まえ、高校と地域とが連携・協働した魅力ある高校づくりにはこの取組を県全体に取り入れるべきだと考えました。

そして、県教育委員会主導で2011年度から5つの県立高校を対象に高校魅力化の取組をスタート。翌年には8校に増え、地域(市町村)と高校の関係者からなる「教育魅力化推進協議会」を設置。地域と高校とが協働して取組を進めていきました。

県教育員会では、島前高校をはじめとする離島・中山間の高校8校で実施する高校魅力化の取組に対して、交付金というかたちで2011年度から支援をしてきました。

さらに、2017年度には離島中山間地域に限らず、松江市と出雲市を除く市部の県立高校にも拡大し、2020年度には松江市、出雲市を含めたすべての県立高校が魅力化に取り組むようになりました。現在は、各高校に「高校魅力化コンソーシアム」と呼ばれる高校と地域との協働体制が構築され、一体となって高校の魅力化を進めています。

地域協働スクールのイメージ図(画像提供:島根県教育委員会)

地域協働スクールのイメージ図(画像提供:島根県教育委員会)

──隠岐島前高校の取組と何か違いはありますか?

岩田:地域と協働した学校運営、地域課題解決型学習などの探究学習を推進するという軸は同じです。しかし、それぞれの学校が地域や高校を取り巻く環境や抱える課題、教育資源に応じて、それぞれ特色ある高校魅力化を推進することを重視しているという点で、隠岐島前高校の取組とは異なります。

具体的には、すべての高校において、地域と協働しながら「目指す学校像」「育てたい生徒像」「特色ある教育課程」「求める生徒像」などを設定。多くの関係者からなる高校魅力化コンソーシアムを構築し、教育課程や学校運営の方針などについて検討・実施しています。

また、2023年度は15校で「島留学」のように全国から生徒を積極的に募集する「しまね留学」を推進しており、2023年4月には215名(家族での転入者含む)の生徒が県外から入学しています。

──高校魅力化コンソーシアム構築・設置について、どのような課題がありましたか。

岩田:構築にあたって、「そもそもなぜコンソーシアムが必要なのか?」「コンソーシアムをつくるにはどのようにしたらよいか?」「地元自治体とコンソーシアムの連携は?」など、立ち上げに向けて教職員も市町村の職員もわからないことだらけでした。

そこで、6つの高校でコンソーシアムの先行モデルをつくり、それらがどのようにコンソーシアムを構築していったかプロセスなどを学ぶ研修会を開催しました。また、先行モデルがコンソーシアム構築に向けた取組内容をまとめ、各校・各地区での構築に向けての参考となる冊子を作成するなどして、構築していきました。

「地域への思い」がこれから地域を支える担い手を育てる

──地域にとって、高校魅力化に取り組むことはどのような意味がありますか?

岩田:多くの市町村にとっては、人口減少は手を打つべき喫緊の課題です。そして、地域から高校がなくなると、将来的に地域の担い手が不足してしまいます。ですが子どもたちには選択の自由がありますから、教育委員会としても現場の教職員としても、生徒に対する「地域に残りなさい・戻りなさい」という指導は適切ではありません。

一方で、地域課題解決型学習を行うなかで、地域のことを知り、地域の大人と話すことができる。地域のあたたかさや、いつか地域に戻ってきてほしい、地域を支えてほしいという大人たちの思いが伝わる。さらには、いつかこの地域に戻りたい……、戻らないとしても地域になんらかのかたちで貢献したいという思いが子どもたちのなかに芽生えたりもする。

こうした地域への思いの醸成は、地方創生の文脈でもとても意味のあることだと考えています。

これからの地域づくりに向けて、地域の大人と高校生が真剣に語り合う(写真提供:島根県教育委員会)

これからの地域づくりに向けて、地域の大人と高校生が真剣に語り合う(写真提供:島根県教育委員会)

──県内の全県立校で高校魅力化を進めるにあたり、課題はありましたか?

岩田:離島の小規模校から始まり中山間地域の高校に、さらに市部の高校に拡がったという流れのなかで、当初、市部の高校では「高校魅力化の必要性が理解されにくい」という課題があったようです。

市部は、地域といっても広範囲にわたり、地域と協働するということのイメージが湧きにくい面もあります。さらには地域と協働して行う探究学習の進め方が浸透していないことに加え、生徒が時間をかけて練り上げる探究学習は、指導する教職員の負担が増えるのではないかといった懸念も生じていました。

しかしながら、魅力化に取り組んだ高校の実績の積み上げや、「県立高校魅力化ビジョン」を策定して県の方針として地域との協働を明確に提示したことなどから、市部の高校にも次第に理解が広まっていきました。

さらに、全校に高校魅力化コンソーシアムをつくって地域と高校との協働体制が整ったことや、新学習指導要領で「探究的な学びを重視する」という方針が掲げられたことを受け、2020年度には、各校に探究学習推進担当者を置くとともに、県教育委員会に探究学習担当指導主事を配置し、研修の充実と各校の伴走体制を整えたことなども、県を挙げての高校魅力化が進む推進力となりました。

持続可能な取組にするために必要なこと

──最後に、今後に向けた課題やビジョンをお聞かせください。

岩田:高校の魅力化が地域の魅力化・活性化につながっているという認識は、県内にかなり広がってきていると感じます。一方で、高校と地域との関わり合いにおいて個人間で温度差のある地域があることも事実です。魅力化に理解ある教職員や、力のあるコーディネーターの存在に頼っていると取組が属人的になってしまい、いつかは途切れてしまうので、本当の意味で持続可能な取組にしていくのが今後の課題ですね。

また、探究的な学びについても、その目的は探究結果の発表ではありません。生徒自身の関心や強み、これまでの学びを将来にどうつなげるのか、そこから探究的な学びのテーマにつなげて、これからの生き方をどのように見出すか。今後は、こうした点についても底上げしていきたいと考えています。

教育委員会としては、各校の教員や各地域・学校の高校魅力化コンソーシアムにしっかりと伴走し、「県立高校魅力化ビジョン」を更新しつつ、教育の魅力化をより持続可能なものにしていきたいと考えています。

島根県教育委員会

2019年2月に「県立高校魅力化ビジョン」を策定し、生徒一人ひとりが主体的に課題を見つけ、さまざまな他者と協働しながら答えのない課題にも粘り強く向かっていく力を育む活動を続けている。地域社会との協働による魅力ある高校づくり、魅力ある地域づくりを推進。生徒、保護者、教職員、地域の人々にとって魅力ある高校・地域づくりを目指している。