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「個別最適な学び」のための、ハードとソフト両面の「学びの改革」。「探究県」を目指す長野県教育委員会

  • 取材・文:相川いずみ
  • 編集:栄藤徹平(CINRA)
  • 画像提供:長野県教育委員会

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「個別最適な学び」や「探究的な学び」の重要性が高まるなか、「どのように取り組めばいいのかわからない」と悩んでいる学校も少なくありません。長野県教育委員会では、こうした現場の悩みを受け、ハードとソフトの両面から学びの改革に取り組んでいます。単位制の導入、EdTech(エドテック)教材の導入支援、新しい普通科設置などは、自治体のみならず、これからの学校経営のうえでも参考になる取組として注目されています。

お話を伺った先生

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志津千代子(しづ・ちよこ)

長野県教育委員会 高校教育課参事兼課長。教員・施設・予算等高等学校の運営全般を扱う高校教育課の統括を担当。茅野高等学校校長、高校教育課主幹指導主事、高校教育課教育幹を経て現職。

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今井義明(いまい・よしあき)

長野県教育委員会 高校改革推進役。第4次長野県教育振興基本計画で目標とする「個人と社会のウェルビーイングの実現」に向けて、学びの改革、高校再編等をトータルで推進する牽引役。岡谷工業高等学校校長、高校教育課主幹指導主事、高校教育課長、松本深志高等学校校長、長野県教育次長を経て現職。

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金井繁昭(かない・しげあき)

長野県教育委員会 高校教育課教育幹。教員の採用、人事、服務、入学者選抜等を扱う管理部門の統括を担当。高校教育課主幹指導主事、松本県ケ丘高等学校校長を経て現職。

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栁澤弘蔵(やなぎさわ・ひろまさ)

長野県教育委員会 高校教育課高校再編推進室 主幹指導主事。「高校改革 ~夢に挑戦する学び~ 再編・整備計画」に基づき、「新たな学び」と「新たな高校づくり」に関わる。

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齋藤俊樹(さいとう・としき)

長野県教育委員会 学びの改革支援課 高校教育指導係兼学校企画係 主任指導主事。長野県ICT教育推進センターにおいて県立高校のICT教育推進を担当。

「デザイン」から考える学校づくり

──長野県ではさまざまな学びの改革が行なわれていますが、まずは、学校の校舎デザインそのものを変えていくという取組「NSDプロジェクト」について教えてください。

志津千代子さん(以下、志津):長野県では、ハードとソフト両方の改革があってこそ、目指す教育が実現できると考えています。「長野スクールデザイン」の略である「NSDプロジェクト」は、ハードの改革にあたり、学校関係者だけでなく、地域や建築の専門家の方々などと議論をしながら、これからの学びに適した新しい校舎づくりを目指しています。

従来の「ハーモニカ型」と言われるような、廊下に沿って教室がただ並んでいるものではなく、例えば、地域の方が訪れて、協働して何かをつくったりできる「地域連携共働室」、あるいは図書館とは違って誰もが利用できる「メディアセンター」といった空間など、これまでにない開かれた校舎デザインを考えています。

──お聞きしているだけでもワクワクしてきますね。実際に進んでいるプロジェクトを教えていただけますか。

志津:いずれも仮称ですが、長野県小諸市の「小諸新校」、伊那市の「伊那新校」の2校は、すでに基本計画ができあがり、基本設計の段階に移っています。

2026年開校予定の「小諸新校」(仮称)の外観(基本設計完了時点のイメージ図)。学校と地域をつなぐ「地域連携協働室」の設置など、新たな学びの実現に向けた校舎づくりを計画している(画像提供:長野県教育委員会)

2026年開校予定の「小諸新校」(仮称)の外観(基本設計完了時点のイメージ図)。学校と地域をつなぐ「地域連携協働室」の設置など、新たな学びの実現に向けた校舎づくりを計画している(画像提供:長野県教育委員会)

2026年開校予定の「小諸新校」(仮称)。プロポーザルのプレゼンテーションで示された、大きな階段を中心とした地域との連携、協働のイメージ図(画像提供:長野県教育委員会)

2026年開校予定の「小諸新校」(仮称)。プロポーザルのプレゼンテーションで示された、大きな階段を中心とした地域との連携、協働のイメージ図(画像提供:長野県教育委員会)

──改革を推し進めるうえで難しい点はありますか? 

志津:前例のない取組なので、課題を想定しきれないという難しさがあります。そのためにプロポーザル方式(企画競争入札、不特定多数の企業から提案書を提出してもらい、最適な提案を行なった企業を主催者が選定して契約する入札方式)を取り、大学の先生方から意見をいただきながら、われわれと一緒に伴走してくれる設計業者をまず選定しました。そして、設計業者の専門家の知見をいただきながら、学びとハードの部分、さらには「学校のあり方」も一緒に考え、建物の設計を行なっています。もちろん、予算の確保や人員の確保といった点も課題のひとつです。

伊那新校(仮称)の俯瞰図。校内には、地域の人々が気軽に訪れることができる「まちの庭」や地域開放エリアなども予定されている(画像提供:長野県教育委員会)

伊那新校(仮称)の俯瞰図。校内には、地域の人々が気軽に訪れることができる「まちの庭」や地域開放エリアなども予定されている(画像提供:長野県教育委員会)

単位制が「個別最適な学び」を実現する

──対となるソフト面の改革について、現在どのような取組を行なっているのでしょうか。

金井繁昭さん(以下、金井):ひとつは、単位制の導入です。長野県では、県内の全公立高校への単位制導入を検討しており、2022年度から4校に先行導入をして検証を行なっています。

全日制普通科の高校は、学年進行で進級していく学年制が多く、単位制を導入している学校はまだ少ないのが現状です。しかし、個別最適な学びという視点では、子どもたちが自分の進度や、興味・関心に応じて、さまざまな科目を選択して主体的に学べるようなスタイルが良いのではないかと考えているんです。

とはいえ、単位制を普通科高校に展開していくためには、教員数の不足という課題があります。また、生徒数の多い学校で、全員が自由に授業を選択する仕組みは、机上で考えるほど簡単ではないというのも事実です。昨年度から検証を始めていますが、まだ卒業生も出ていないので、効果についてはこれから検証されていくことになります。

栁澤弘蔵さん(以下、栁澤):長野県では少子化や激変する社会に対応するため、高校再編を含む「学びの改革」を進めており、今後生まれる「統合新校」は全部で13校あります。それらの新校では、単位制の導入を検討しているところです。

小諸新校は、普通科・商業科・音楽科の設置を計画しています。この組み合わせはおそらく全国的にも珍しいもので、新しいタイプの普通科と専門学科の併設校になります。

──非常にユニークですね。この3つの科が併設されることで、どんな授業が展開されるのでしょうか。

栁澤:3科の併設校という利点を生かして、幅広い学びができるようなカリキュラムを検討しています。例えば、音楽科の生徒が専門的な音楽の授業を受けるだけでなく、商業科のマーケティングの科目を学びます。その生徒が卒業して、将来、プロの演奏家として活躍したり、地域で音楽教室を開いたりする際、そういった商業的な知識が生きてくると考えています。

佐久市の「佐久新校」では、「学際領域に関する学科(※)」を設置する計画です。学校設定科目を多く設置するなど、生徒一人ひとりの興味・関心に合った学びができるように検討しているところです。

※「学際領域に関する学科」とは、現代的な諸課題のうち、SDGs の実現や Society5.0 の到来に伴う諸課題に対応するために、学際的・複合的な学問分野や新たな学問領域に即した最先端の特色・魅力ある学びに重点的に取り組む学科。高等学校における「普通教育を主とする学科」の弾力化(高等学校設置基準及び高等学校学習指導要領の一部改正)により設置可能となった「新しい普通科」の1つ。

栁澤:そのほかにも、須坂市の「須坂新校」では、農業・工業・商業の3科からなる専門学科に加え、「新しい普通科」として、地域社会に関する学科()「みらいデザイン科(仮称)」を設置する計画です。生徒が地域の方々と共に手を携えて、まちづくりを推進していけるような学びを検討しています。

地域社会に関する学科とは、現代的な諸課題のうち、高等学校が立地する地元自治体を中心とする地域社会が抱える諸課題に対応し、地域や社会の将来を担う人材の育成を図るために現在および将来の地域社会が有する課題や魅力に着目した実践的な特色・魅力ある学びに重点的に取り組む学科。高等学校における「普通教育を主とする学科」の弾力化(高等学校設置基準及び高等学校学習指導要領の一部改正)により設置可能となった「新しい普通科」の1つ。

──個別最適な学びの実現において、単位制には多くのメリットがあると感じられますが、現在検証をしているなかで、長野県教育委員会として課題に感じている部分はどんな点でしょうか。

金井:単位制では、生徒が主体的に科目選択をする必要があります。そのため、生徒に「自分は何に興味があるか」「こういう進路に進みたい」という意思がないと、自分自身で組み立てることは難しいと考えています。その解消のために何ができるか、先行導入校で検討・検証を行なっているところです。

学校が「学びのDX」を進めるための支援

──ソフト面での学びの改革「AICTE(アイシテ)事業」について教えてください。

齋藤俊樹さん(以下、齋藤):「AICTE事業」は2022年度から2023年度に行なった取組で、「AI×ICT×EdTech」によるプログラミング教育と探究的な学びの充実を図り、県立高校における学びのDXを進めることを目的としたICT学習環境整備事業です。

2021年度には、ICTを活用した「個別最適な学び」と「協働的な学び」を研究して成果を発信し、他校を牽引することを目的に、EdTech教材を公費で導入する「パイロット校事業」を実施しました。これにより、翌年には導入校において保護者負担による導入が進みました。

そのうえで、新学習指導要領の実施元年となった2022年度に向けて現状を整理したところ、「情報Ⅰ」や「探究的な学び」の具体的な実践方法について、多くの学校が不安を抱えているといった課題が挙がりました。また、AIについては、知るだけではなく活用について考える教育プログラムの必要性も挙げられました。

そこで、これらの課題を解消するために、「学びのDX」の柱として「情報」「探究」「AI」の3つを立て、EdTech教材の公費による導入を考えました。

AICTE事業の概要。「情報」「探究」「AI」の学びのDXとして、4つのEdTech教材を公費で導入した(画像提供:長野県教育委員会)

AICTE事業の概要。「情報」「探究」「AI」の学びのDXとして、4つのEdTech教材を公費で導入した(画像提供:長野県教育委員会)

──この3つの柱で、どのような教材を選んだのでしょうか。

齋藤:「情報の学びのDX」では、「情報Ⅰ」の授業支援・指導力向上を図り、生徒の1人1台端末へプログラミング環境を提供するために、「Life is Tech!Lesson」と「Monaca Education」を県として提案しました。

また、「探究の学びのDX」では、世界の知見を得られる「Inspire High」が、生徒の非認知能力の向上につながり、「探究心」を伸ばし、総合的な探究の時間における学びの充実が期待できると考えました。

「AIの学びのDX」については、どんなAIの活用方法があるのかということを知ってもらうとともに、AI活用人材の育成を狙い、「AI Challenge」を選びました。AIを知って、使って、社会課題の解決案をつくり・発表するまでがパッケージされた学習プログラムを提供していただいています。

──各学校にはどのように提供したのでしょうか。

齋藤:長野県教育委員会がEdTech事業者と連携して、各教材の説明会を実施しました。そのうえで、使いたい教材の希望を取り、希望のあったすべての学校に、4つの中から希望する教材を公費で導入しました。実際に導入した学校数は、重複も含めて延べ51校になりました。

──今後、学校で活用していく際は費用面が大きなハードルになりますが、その点はいかがでしょうか。

齋藤:県としても費用面は課題として認識しております。2022年度までの経済産業省の「EdTech導入補助金」、23年度の「探究的な学び支援補助金」制度についても各校へ周知し活用していただきつつ、AICTE事業によって各学校の助走を支援させていただきました。また、各学校の活用事例を紹介し、導入希望校の参考にしていただくオンライン座談会を開催しました。導入効果が確認できた学校においては、生徒負担によって継続してEdTeh教材が導入されております。

令和5年度の県の調査では、県立高校全日制の約90%の学校が、少なくとも1つEdTech教材を導入している状況にあります。

──これらの教材を導入したことによる効果や、学校現場のご意見はいかがですか。

齋藤:例えば「情報のDX」では、指導に不安をもつ教員から、「授業の進め方を自己研修できた」「授業準備が軽減され、中身のことに打ち込めるようになった」といった意見が寄せられました。また、生徒にとっても自分のペースで進めることができるため、個別最適な学びという意味でも有効だという声を座談会の際にいただいています。

「探究」については、「回を重ねるごとに、自分の考えをアウトプットできるようになった」という生徒の声や、「こういう課題の提示をすると、生徒はこんな風に考えるんだということが見えてくるようになって嬉しい」という先生のご意見もいただきました。

AI Challengeの導入校では、生徒負担による導入が進み、生成系AIも加えた様々なAIについて学習し、「AIをどういうふうに使っていったらいいか」といった活用法について、生徒が考え発表するといった授業が展開されています。

個人、社会、教員のウェルビーイング

──いずれも素晴らしい取組ですが、長野県教育委員会としてはどのような方針のもとに実施する取組を決定しているのでしょうか。

今井義明さん(以下、今井):長野県教育委員会では、2023年度から5年間、長野県の教育の理念、方向性、あるいは具体的な政策などを示した「第4次長野県教育振興基本計画」を3月に策定をし、4月から実施しております。長野県の教育の目指す姿を、「個人と社会のウェルビーイングの実現」、副題として「一人ひとりの『好き』や『楽しい』、『なぜ』をとことん追求できる『探究県』長野の学び」としました。

わたしは、高校の教員として、長年現場で教育に携わってきましたが、その間、「教育や学校は何のためにあるのか」「どういう目的のために学ばなければいけないのか」といったことを自問し続けてきました。「個人と社会のウェルビーイングの実現」は、これらの問いに対する、一つの答えでもあると思っています。

──第4次長野県教育振興基本計画の特徴について、第3次基本計画からの変更点をふまえて教えていただけますか。

今井:第3次から、「探究的な学び」が学びの中心になっていくという流れはありました。今回の第4次は、コロナ禍の3年間も大きく影響しており、「個別最適な学び」という視点がより強く出てきているというふうに考えています。

一方で、「協働的な学び」は、これからも必ず必要な学びであると思っており、第4次では、「個別最適な学びと協働的な学びを一体化して重視させていく」としています。

そのためには、今回お話しさせていただいたICTの活用や単位制の導入等は有効な施策であると考えています。また、認知特性に応じた学び方や施設設備をもっとフレキシブルに使えるようなNSD。これらを、現場でいかに活用できるかが重要で、理念だけではなく、具体化できるような施策を工夫して実施していきたいと考えております。

2023年8月に公開された「第4次長野県教育振興基本計画コンセプトブック」(画像提供:長野県教育委員会)

2023年8月に公開された「第4次長野県教育振興基本計画コンセプトブック」(画像提供:長野県教育委員会)

──ありがとうございました。最後に、今回お話があった「個別最適な学び」「探究的な学び」の実現に向けて、長野県教育委員会としてさまざまな課題にどう向き合っていくのか、教えていただけますか。

齋藤:VUCAの時代だからこそ、挑戦することが求められていると考えます。変化を受容しつつ、「柔軟に変化していく」といった意識をもつことが重要だと考えています。

今井:「第4次長野県教育振興基本計画」の実現に向けては、こうした意識の問題だけでなく学校の環境の問題など、さまざまな課題があります。そうしたなか、働き方改革も含めた教員のウェルビーイングが、学校をより良い方向に進めていくための重要な要素です。さらには、インクルーシブな教育の推進、あるいは地域との連携や外部人材の活用など、学校のあり方全体をもっと外に広げながら、開きながら進めていく。そういった視点が必要だと考えています。

長野県教育委員会

長野県教育委員会は、2023年に策定した「第4次長野県教育振興基本計画」で掲げた「個人と社会のウェルビーイングの実現」を目指し、県の77の自治体と連携し、「個別最適な学び」と「探究的な学び」を推進している。また、2020年からは「統合型校務支援システム」の県での共同調達を、全国に先駆けて行なうなど、教員の働き方改革にも積極的に取り組む。