デジタルツールの活用が生徒の学習姿勢を変えた

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東京都立六郷工科高等学校

AR技術で自動車整備の「学び」をもっと楽しく:東京都立六郷工科高等学校

  • 取材・文:笹原風花
  • 写真:前田立
  • 編集:藤﨑竜介(CINRA)
  • 画像提供:東京工科自動車大学校

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六郷工科高等学校オートモビル工学科は、2022年8月に東京工科自動車大学校と連携協定を結んで以来、定期的に同大学校の教員による出前授業を実施しています。同年と2023年に行われた出前授業では、東京工科自動車大学校が開発した自動車整備の技術者養成のためのAR(拡張現実)教材を用い、車の構造やメカニズムについての学びを促しました。授業を担当した佐藤純弥先生は、「生徒の表情がいつもとまったく違った」と振り返ります。

導入を検討している先生へ

画像
佐藤 純弥 先生 オートモビル工学科

自動車の構造やメカニズムは、教科書の解説やイラストだけでは理解が難しい場合がありますが、3次元の画像などを用いるデジタル教材を使うことで、感覚的にわかるようになります。好奇心をかきたてられて、普段は見せないような集中力を発揮する生徒もいました。「生徒は何を知りたいのか」「どこの理解が足りていないのか」という視点でポイントを探り、それをしっかりと押さえたうえでデジタルツールを効果的に使っていくのが良いのではないかと考えています。

授業資料

事例概要

実践している学校

東京都立六郷工科高等学校

実践している学科

オートモビル工学科

活用の場面・授業

自動車整備の実習

デジタル教材等を導入したねらい

教科書など2次元の情報だけでは理解が進みにくい複雑な立体構造などをARで表現し、学習効果を高める。

デジタル教材等を活用した指導内容

使用するAR教材アプリケーションをインストールしたタブレット端末を生徒一人一人に渡し、自ら操作することで自動車内の立体構造を学ぶことができた。同アプリケーションでは、エンジン、ブレーキ装置、ステアリング装置など車のさまざまな部位の3次元の静止画や動画が、説明文とともにタブレットの画面に映し出される。学習者が画面をタップ操作することにより教材が進行する仕組みで、個人のペースで車体の構造への理解を深めることができる。今回は特に、エンジンの内部構造など実機では見えない部分の学習に力を注いだ。

(1) 使用機材:東京工科自動車大学校が用意したタブレット端末、プロジェクタ、Wi-Fi環境

(2) 使用教材:「ARを活用した自動車整備の講習・実習のコンテンツ」(開発元:東京工科自動車大学校)など

学習効果等

2次元では理解が進みにくい複雑な立体構造などを3次元で表現することで、従来より深い理解を促すことができた。なかでも、ある部品と別の部品の関係性など、自動車が動くメカニズムに関わる内容は、3次元の画像や動画を適用することで伝わりやすさが大きく改善した。また、ゲームに近い感覚で教材を進行できることもあって、ARを使わない授業より長く生徒の集中が持続した。

先生の感想

一つ一つの部品については、教科書でしっかり学ぶことができるが、それぞれがどうつながり合っているかなど構造の理解を深めるのは、簡単ではない。AR教材は、その課題を解消するためのツールになると思う。自動車好きの生徒が、好奇心に駆られて学びに熱中する様子が印象に残っている。

どのような授業を実践したのか

東京工科自動車大学校の出前授業として、1・2年生を対象に、AR教材を用いる授業を2時間単位で行いました。教材は東京工科自動車大学校さんが独自に開発したもので、エンジンやブレーキ装置といった車のさまざまな部位の3次元画像などが、見られるようになっています。また、画面上にそれぞれの部位についての説明がテキストで表示され、細部を拡大して見たり、360度回転させたりもできます。

東京工科自動車大学校が開発したAR教材では、車のさまざまな部位について3次元の画像などを基に学習できる(画像提供:東京工科自動車大学校)

東京工科自動車大学校が開発したAR教材では、車のさまざまな部位について3次元の画像などを基に学習できる(画像提供:東京工科自動車大学校)

授業は、教材のアプリケーションをインストールしたタブレット端末を、1人1台ずつ配布して実施しました。最初に、講師の先生から自動車の基本構造やアプリの操作方法などの説明をしてもらいました。その後は、生徒にアプリを操作させ、見たいものを自分のペースで見て、車の構造や仕組みについて学んでもらいました。アプリの操作はシンプルで、生徒たちはスマートフォンなどに慣れていることもあり、問題なく使いこなしていました。

タブレット端末を生徒一人一人に手渡し、自ら操作させて自動車内の立体構造を学んでもらった(写真提供:東京工科自動車大学校)

タブレット端末を生徒一人一人に手渡し、自ら操作させて自動車内の立体構造を学んでもらった(写真提供:東京工科自動車大学校)

私も体験してみたのですが、一つの部位を細かく見ていくだけでなく、どのパーツとどのパーツがつながっていて、どういう仕組みで連動するのかといった全体の構造やメカニズムを直感的につかめて、大変わかりやすかったです。

また、エンジンの内部構造など実機では見えない部分まで見ることができるのも、良かったですね。最近の生徒たちは3次元に慣れているからか、2次元の図面から立体物をイメージするのが苦手な傾向があると感じています。教科書の写真やイラストだけではなかなか理解が深まらず、教えるほうとしても難しさを感じていたので、この教材はとても有効だと思いました。

どのような工夫をしたのか

授業の進行・内容は東京工科自動車大学校の先生にお任せし、私は生徒の反応や取り組む姿勢を見てまわっていました。驚いたのが、生徒の多くがのめり込むように集中していて、まったく飽きる様子が見られなかったこと。普段の授業では、専ら教科書主体なので、理解が難しく、集中が切れて飽きてしまうこともあるんです。ARの授業は、それほど好奇心をかき立てられるものだったのでしょう。

ARの授業をはじめとして、東京工科自動車大学校の出前授業では、あえてレポートなどの課題を課していません。普段の実習などではレポートを課していますが、レポートがあることで実習が生徒にとって心理的な重荷になってしまうこともある。出前授業は基本的に体験型の内容で、生徒には最初に「今回はレポートはなし。楽しめ!」と伝えています。車が好きという初心にかえって、興味の赴くままに探究し、学習意欲を高めてほしい。そんな思いで、ARの授業も企画しました。

東京工科自動車大学校による出前授業では、AR教材だけでなく、車の実機を用いた講習なども行っている

東京工科自動車大学校による出前授業では、AR教材だけでなく、車の実機を用いた講習なども行っている

期待どおり、生徒たちの表情は明るかったですね。普段なかなか見られないような表情を見せる生徒もいました。

どのような苦労を、どのように乗り越えたのか

苦労しているのは、生徒をいかに飽きさせないか、ということです。普段の授業では、教科書の説明を補うために、YouTubeにアップされている車の解説動画などを活用しています。しかし、ただ動画を見せるだけでは生徒はすぐに飽きてしまいます。いろいろ試行錯誤をしつつ、要点を解説しながら動画の大事な部分だけを見せるなど、メリハリをつけるように努めています。

実は、私はもともと機械が専門で、自動車関連の経験は長くないんです。だからこそ、どこが難しいポイントなのか、動画のどの部分が理解の手助けになるかなどは、学習者としての視点も生かしつつ見極めています。

東京都立六郷工科高等学校

デジタルツールの活用についてはまだまだ改善の余地がありますが、他の先生のやり方も参考にしながら、例えばパワーポイントでの資料づくりなど、できる限りの工夫を試みています。

デジタルツールありきではなく、「生徒は何を知りたいのか」「どこの理解が足りていないのか」という視点でポイントを探り、それをしっかりと押さえたうえで効果的に使っていく必要があると考えています。

生徒にどのような学びの効果があったのか

「体験に勝るものはない」と言われますが、生徒のいきいきとした表情を見て、それをまさに実感しました。AR教材については、車の構造やメカニズムについて理解を促すのに一定の効果があったと感じています。

教科書のテキスト、イラスト、写真などを見るだけでは、なかなか理解できない、イメージが湧かない……という生徒は少なくありません。AR教材を用いることで、3次元の静止画や動画をさまざまな角度から見てもらい、教科書等ではイメージが湧きにくい生徒でも感覚的に理解ができたと思います。効果という点では、楽しく好奇心をもって主体的に学びに向かってもらえたことが、何よりも大きいと感じています。

出前授業を受けた1・2年生は、まだ本格的な車の分解実習などは行っていない段階なので、理解を深めたうえで実習に臨めるというメリットもありました。また、長期的な視点で見ると、社会に出て働き始めてからも、「ARで見たことがある」という経験は少なからず役立つと思います。

先生にはどのような意識の変化があったか

生徒の目の輝きの変わりようを目の当たりにして、デジタルツールの有用性を再認識しました。ツールに頼りすぎると大事なポイントを見失いかねないので冷静に判断すべきではありますが、便利なもの、生徒の学びがより深まるものについては、積極的に活用していきたいと考えています。

東京都立六郷工科高等学校

いま、構想しているのが、ウェアラブル(装着型)カメラの活用です。ベテラン技術者がカメラを装着し、エンジンの点検や調整の様子などを画面に映しながら解説する、という研修を行っている自動車メーカーがあるようで、本校でもやってみたいなと。インターネットを通じて配信すれば、学級閉鎖などでオンライン授業になっても生徒は自宅から見られますし、さまざまなメリットがあるはずです。先端技術の導入・活用は、本校にとって大きな付加価値になると思います。

※本記事は実践事例を広く紹介することを目的としており、記事内において一般に販売している商品、機器等に言及している部分がありますが、特定の商品等の活用を勧めるものではありません。学校が一般に販売されているものを活用する場合は、活動内容や各学校の状況等に応じて選択してください。